モクゾー日記|by ちゅらきや

ちゅらきや木造軸組接合金物H3&H4 モクゾー君のひとり言とか、寝言とか、世の中のこと。
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# ちゅらきやのふるさと沖縄の大先輩

本来は同じ接合金物製品として競争相手とも言えるわけですが…。
大先輩の実績に敬意を表して、少しお話してみたいと思います。



クレテックとの出会い


今日も呉屋さんが平田建設に遊びに(?)来ました。
なぜかいつもバナナを持ってきてくれます(笑)。
うちの社長との技術談議は習慣のようなものです。

当社社長の平田孝雄はちゅらきや金物の開発者ですが、その開発のきっかけとなった人物、それが呉屋さんです。

金物工法に関わったことのある方なら、クレテックの名前は一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか?言わずと知れた、国内シェアナンバーワンの接合金物です。

金物工法の歴史に触れるとき、クレテックの功績を避けては通れません。

接合金物の代名詞とさえ言われるクレテックですが、その開発者の存在が語られることは少ないようです。(もちろん知っている人は知っています。)

平田社長の幼なじみであり、大工の先輩であり、そして目標でもある呉屋繁雄(ごや・しげお)さん、その人です。


ごあいさつのページでも触れていますが、平田社長はもともと沖縄で木造住宅を手がけていた生粋の大工さん。

木造赤瓦の住宅にこだわりとあこがれを持ちながらも、時代はなぜか、沖縄をコンクリート住宅一色にしてしまいました。

時代の流れと経営者の立場から、住宅建築からは長年遠ざかっていた平田社長。
そんなある日、ごく身近な人物が開発した木造建築用の接合金物が全国で高く評価され、普及していることを知ります。

「!!」

木造住宅の割合が1割にも満たない沖縄から、木造用の金物が開発され全国に広がっている。

ここに沖縄の木造住宅復古への道を見出した平田社長は、新たな建築金物の研究開発を開始、十数年の歳月を費やし、今までにない増し締め機能を持った金物「ちゅらきや」を完成させました。


ちゅらきや誕生の影には、呉屋さんという偉大な先輩の存在があるのです。


金物工法の先駆者

話はそれますが、呉屋(ごや)という苗字は沖縄では一般的ですが、全国的にはあまりなじみがありませんよね。
当初、金物のネーミングとして、開発者の名前から「ゴヤテック」というものを考えていたそうです。
ところが商標登録上の問題もあり、結局「呉」の読み方から取って「クレテック」になりました。
もし「ゴヤテック」のままだったら、呉屋さんの名前はもっと世に知られていたかも知れませんね。

さて、沖縄に古くから伝わる「貫木屋(ヌチジヤー)」と言われる木造軸組みの伝統工法があります。

呉屋さんはその工法を手がけてきた棟梁さんなのです。
終戦後、米軍基地で建築の仕事に接した経験のある呉屋さんは、中東地域での大規模な住宅建設プロジェクトに責任者として携わることになります。

熟練技術が必要な住宅建設の仕事であるにも関わらず、言葉でのコミュニケーションもままならない現地の労働者。
呉屋さんの計り知れない苦労は、熟練の職人でなくとも可能な工法はできないだろうか?という発想の根元につながりました。

そして数々の試行錯誤の末、貫木屋の工法を、仕口を金物で接合するという考え方に転換し、クレテック金物が誕生したのです。
昭和60年頃のことです。
 
発明品として評価され(全国発明工夫展で科学技術庁長官賞受賞)、
某メーカーさんの目に止まり製造販売を委託したものの、当時はまだ金物工法という言葉すら認識されていなかった時代。

メーカーさんと二人三脚で奔走するも、金物への市場の反応は薄く、日の目をみない時代が長く続きました。

この状況が一変した大事件が、平成7年の阪神淡路大震災です。
6433人もの命を奪ったこの大惨事は、建築金物への消費者の認識をがらりと変え、住宅の耐震性への関心を飛躍的に高めることになりました。

そしてバブル崩壊に伴う業界の合理性の追求や、集成材の普及期とも重なり、クレテックの生産量は一気に大幅増加。
耐震性に優れた工法として、全国に知れ渡ることとなったのです。

これは決して、たまたま時流に乗ったということではありません。
長い不遇の時期にも絶え間なく地盤を固め、体制作りを怠らなかった、呉屋さんとメーカーさんの努力の賜物なのです。

金物工法の歴史はクレテックの歴史と言っても過言ではありません。
現在金物工法と呼ばれるものはほとんどと言ってもいいくらい、クレテックの形状や機能がお手本になっているのです。

現在に至っても、クレテックは金物工法の代名詞として生産供給量ナンバーワンを誇ります。 

しかし、呉屋さんの功績が表舞台で語られる事はほとんどありません。
見えないところで家を支えながら、表に出てくることのない金物のような人ですね。

そんな呉屋さんの背中を追いかけ、敬意を忘れる事なく、平田社長の研究開発の日々は続きます。

そして2人は今日も、技術談議に花を咲かせるのです。
バナナ食べながらですけど(笑)。

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